高等植物生葉で観測される光化学系I循環的電子伝達反応 (CEF, cyclic electron flow) の分子メカニズムおよびその誘導メカニズムを解明しました:P700酸化がもつ新規な生理機能の
本日、私が提唱する「P700酸化システム」に関する(非常に非常に、特別に)重要な論文が掲載されました。受理してくださったエディターに非常に感謝いたしております。本論文が掲載されたおかげで、P700酸化がもたらす多くの生理現象に対してロジカルに説明ができるようになり見通しがとてもよくなりました。そして「P700酸化ワールド」の頑健性がより強固なものになりました。私自身、得られたデータに感動しております。素敵なデータです。
以下では、本研究成果をまとめたものをペーストします。
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O2発生型光合成生物がもつP700酸化の新規生理機能の発見
~P700酸化は、光合成とともに機能する活性の高い光化学系I (PSI) 循環的電子伝達反応(CEF)を誘導し、ROS生成を抑制する~
本研究成果は、神戸大学大学院農学研究科・三宅グループ(三宅親弘教授、和田慎也助教、門田かなえ(修士修了))、東北大学大学院・農学研究科・牧野グループ(牧野周教授)、岩手大学農学部・鈴木グループ(鈴木雄二准教授)の共同研究、JST-CRESTプロジェクトにおいてなされたものである。
成果公表ジャーナル
Plants (https://www.mdpi.com/2223-7747/8/6/152)
背景
光合成においては、太陽光のエネルギーは、CO2から糖を合成するためにチラコイド膜光合成電子伝達系で化学エネルギー(NADPH, ATP)へ変換される。チラコイド膜光合成電子伝達系では、光化学系I (PSI)およびII(PSII)がそれぞれ光エネルギーを吸収する。PSIIでは、水が光酸化され、電子が引き抜かれるとともにO2が発生する。一方、PSIでは、水から引き抜かれた電子を用いてNADP+をNADPHへ還元するために、フェレドキシンへ電子を渡す反応が進行している。水からNADPHへの電子の流れは光合成リニア―電子伝達反応と呼ばれている。そして、光合成リニア―電子伝達反応は、独立栄養生物である光合成生物にとっては炭素獲得のために不可欠な反応である
一方で、光合成リニア―電子伝達反応は、O2と電子に満ち溢れた中で進行する危険な反応でもある[1]。1951年にPSIでの活性酸素(ROS)生成がin vitro系で発見されて以来[2, 3]、光合成で生成するO2の危険性が議論されてきた。光合成の進行が停滞する状況(環境ストレス:低温、高温、乾燥など)では、光合成でNADPHが使用されず、PSIで電子蓄積が生じると考えられてきた。そして、蓄積した電子がO2を還元し、O2の一電子還元生成物であるスーパーオキシドラジカル(O2-)の生成をもたらす[4]。O2-は、ROSによる酸化障害のトリガー分子であり、さらなる高い反応をもつ過酸化水素H2O2、ヒドロキシルラジカルの生成にいたる。
これらROSによる酸化障害の危険性および光合成生物がこの危険性を抑制する分子メカニズム「P700酸化システム」をもつことを我々は世界で最初に示した[5]。そして、その後の研究で、O2発生型光合成生物が、ROS生成抑制メカニズムとしてP700を普遍的に酸化することを明らかにした[6]。つまり、O2発生型光合成生物が普遍的にROS生成抑制メカニズムをもち、地球上で生きていることを示している。
以下に、P700酸化の役割を示す(図1)。チラコイド膜光化学系I複合体の反応中心クロロフィルであるP700は、光酸化還元サイクルをすることで、PSIIから流れてくる電子をNADP+へ渡している。PSI複合体に存在するクロロフィルにより吸収された太陽光のエネルギーはP700へ渡され、励起型P700(P700*)が生成する。P700*は、NADP+還元のための電子を放出し、酸化型P700(P700+)が生成する。P700+は、PSIIから来る電子により還元され、基底状態のP700が再生する。このようにP700は光酸化還元サイクルを通して機能している。我々は、実験的にP700*が蓄積する状況を設定するとROSが生成し酸化障害が生じること、光合成が抑制される状況になるとP700+が蓄積しROSの生成が抑制され酸化障害が抑えられることをこれまで実証してきた[5]。P700+の蓄積は、ROS生成をもたらすP700*の存在率を低下させる役割をもち、これがP700酸化の大きな生理的役割であることを提唱してきた[1]。P700酸化という生理現象自身は、80年代の終わりから報告があったが、その生理機能は解明されずにいた。我々は、約25年後に、その役割解明に成功したのである。
本研究で明らかにしたこと
光合成電子伝達反応制御に関する研究の歴史の中で、未解決の生理現象の解明を今回新たに成功した。イギリスのGiles Johnson [7]および三宅親弘[8]は、P700酸化に伴い、PSIで循環的電子伝達反応(CEF)が誘導されることを見出していた。CEFの反応速度は、光合成リニア―電子伝達反応の速度に匹敵するほど大きく、実験的に容易に観測することができる。ただ、それらが発表された時点、また現在まで両者の関係に言及する報告は皆無であった。
本研究では、CEFの分子メカニズムとその性質を明らかにするために、PSI複合体での電子伝達反応にかかわる電子伝達体(P700、プラストシアニン(PC)、フェレドキシン(Fd))と光合成リニア―電子伝達反応の活性を評価するPSIIの量子収率[Y(II)]の相互作用を解析した(本研究成果 Kadota et al. 2019)。実験材料は、主要作物であるコムギ生葉を用いた。ただし、本研究成果の再現性はシロイヌナズナなど多くのC3植物で検証済みである(未公表)。
その結果、以下のことを明らかにすることができた(図2)。P700*からFdへ電子が流れていく途中に、電子伝達体A0, A1, Fx, FA/FBが存在する。酸化型P700が蓄積する状況では、これら電子伝達体から電子が流れ込む反応(電荷再結合反応、Charge Recombination)が進行する(本研究成果 Kadota et al. 2019)。電荷再結合反応そのものは、90年代初めより、生化学的に単離されたPSI複合体あるいはラン藻、緑藻などの細胞レベルで、その存在が明らかにされていた。しかしながら、光合成が進行している状況で、どのような生理的役割をもつのかなど未解明であった。我々は、酸化型P700の反応性から、Fxから酸化型P700へ電子が流れていることを示唆することができた(本研究成果Kadota et al. 2019)。これが、本研究で提唱した大きな成果の一つである。
さらに、二つ目の成果として、電荷再結合反応によるROS生成抑制である。電子伝達体A0, A1, Fx, FA/FBは、O2一電子還元反応の酸化還元電位と比較して非常に低い酸化還元電位をもつ。このことは、いともたやすくO2に電子を与えROS生成をもたらすことを示唆する。今回、我々が明らかにした電荷再結合反応は、これら電子伝達体とO2の相互作用を抑制する生理的役割をもつ。
図1 光合成電子伝達反応と光化学系I (PSI) での活性酸素(ROS)生成様式
基底状態にあるPSI反応中心クロロフィルP700は、光によりP700*へ励起される。P700*は電荷分離しNADP+に電子を渡し、自身はP700+へ酸化される。P700+は、PSIIから来る電子を受け取り基底状態へ還元される。このように、PSIでのP700は光酸化還元サイクルで機能している。光合成が抑制されるとP700から電子がNADP+へ流れず、P700*が蓄積する。その結果、O2が還元され、ROSであるスーパーオキシドラジカル(O2-)が生成する。これにより、O2-が蓄積するとPSIは酸化障害が被るしかしながら、すべてのO2発生型光合成生物はP700を酸化し、P700+を蓄積することによりO2へ電子を与えるP700*の存在率を低下させ、ROS生成を抑制している[5]。この抑制は、P700酸化システムにより駆動される(概要は略す: [1])。
図2光化学系I (PSI) で観測されるNADP+への電子伝達反応およびPSI複合体内部での循環的電子伝達反応(CEF)
基底状態にあるPSI反応中心クロロフィルP700は、光によりP700*へ励起される。P700*は電荷分離し、電子伝達体A0に電子渡し、自身はP700+へ酸化される。P700+は、PSIIから来る電子を受け取り基底状態へ還元される。このように、PSIでのP700は光酸化還元サイクル(白抜き矢印)で機能している。一方、A0が受け取った電子は、A1, FX, およびFA/FBを渡りフェレドキシンFdを経てNADP+に流れ、最終的にNADPHが生成する(実線矢印)。酸化型P700 (P700+)が蓄積すると、電子伝達体であるA0, A1, FX, およびFA/FBとP700+との間で電荷再結合反応(電子の戻り:点線矢印)が生じる。生葉で観測される循環的電子伝達反応(CEF)の反応速度時間域からすると、FxとP700+間での電荷再結合反応が有力な経路と考えられる。ここで示している電子伝達反応モデル図は、先見的研究[13-15]を改訂したものである。
まとめ
P700酸化で誘導されるCEFは、PSI複合体内部で生じる電荷再結合反応(Charge Recombination)であることを我々は提唱した。一方で、生葉で観測されるCEFは、従来、フェレドキシン(Fd)に依存したCEFであることが提唱されてきた [9-12]。しかしながら、Fdに依存したCEFの反応速度は非常に小さく、生理条件で観測される速度を到底説明できるものではなかった。さらに、Fd依存CEFにかかわる遺伝子が欠失したシロイヌナズナ変異株に外来遺伝子を導入し、P700が酸化されると、大きな活性をもつCEFが誘導されてくる。このような生理現象に対する分子メカニズムがこれまで議論されることなく、さらに明らかにもされてこなかった。今回の、我々の研究成果は、光合成誘導条件および定常光合成条件でのCEFの電子伝達速度および生理機能をすべてうまく説明できるものとなった。
今後は、PSI複合体内部での電荷再結合反応の生理・生化学さらに分子生物学的解析によりその役割の普遍性を検討していく必要がある。P700酸化で誘導されるCEFの研究は緒に就いたばかりである。
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